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いのち

いま 娘は学校で いのち について学習しているそうだ。

生まれたときのこと
小さい頃のこと
などなど 聞き取り調査 とやらを受けた。
普段から 聞き取りされなくても時々は親子でその頃のことを話題にはしているが。

おにいちゃんふたりも 妹(と予想されていた)の誕生を心待ちにしていたこと。
呼びかけると足でおなかをけって答えてくれたこと。
予定日は違っていたのに
母である私の誕生日に生まれてきてくれたこと。
生まれてからもずっと今まで家族のアイドルであること。

などなど・・・

小さい頃の写真を見ながら たくさん話をする。


ほんとうのことをいうと・・・・・
3人目である娘を育てているときは
細かいところなんてよく覚えていないほどだった。
いつ歩いたのかだって ひとりめの兄のときに比べれば期待度は低かったし。
知らない間に大きくなったというほうが正しいほどだけれど・・・(^^;;
いつのまにやら優しい女性になってきている( みたいだ ??? )
学校の授業の一環とはいえ 
わたしたち両親にいつもありがとうと御礼の手紙をくれた。
(また その内容が泣かせてくれる・・・ 。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。)

そして
わたしたちも 娘に手紙をという宿題が出ていて・・・


父親は
人生はマラソンレースだと・・・ 
長い距離をひとりで走らなくちゃならない
親が代わりに走ることはできない

なんてことを 書いていた。
だからがんばれ! ということなのだろうか。

わたしは
いつもいつも大切に想い
見守っているということ

を伝えた。



・・・


仕事中ラジオからいつも流れてくる
  命が大切だと何千回・何万回言われるよりも
  あなたが大切だと一人が言ってくれたら・・・
というような内容のコピーを思い出した。
命の大切さなんて どう言葉であらわせばいいのやら
わかりきっていることなのに わかっていない若者も多いのでしょうね。

という私自身も思春期の頃は
親なんて私のことなんて何にもわかっちゃいない!
どうでもいいんだろう!
なんて 思ったものでした。

きっと 生活してゆくのに 私と兄を育てるのに忙しかったのだろうと
それでもちゃんと 私たちのことは見ていてくれたんだと
今ならようくわかるんだけど。
そのころ自分のことしか見えていない私にはわからなかった。
きっと 我が家の子どもたちにも 見えてはいないだろう。

仕事ばかりの父と
なんだかだと自分のこと?に忙しいばかりの母と
放ったらかしの自分達。


そう
こういうことをここに書いてるだけじゃなく
帰ってきた子ども達に 言おう。
あなたが大切だと



    と考えてもなかなか言葉に出せるものじゃなし・・・
    ぎゅっと抱きしめてみる?   気持ち悪がられるだけ。。。
    手紙でも書く?          破られそうだし。。。
   
    美味しいご飯でも作るかなぁ・・・
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-07-03 09:31 | 日々 | Trackback
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