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人の記憶って

ここのところ毎日 記憶の発掘にいそしんでいる。

というのも
若い頃に覚えたはずのこと
専門的にも勉強したはずなのに・・・

専門的でもなく中学生や高校生程度のことすら何も覚えていない
という現実に 唖然となり
毎日 再勉強しているというわけで

卒業してから二十数年
まっさらになってしまった頭の中を
なんとか記憶の片鱗でも落ちてはいないものかと探してみるけれど

最初は参考書を広げても 文字が頭にぜんぜん入らないという状態で
基本的なことを把握するのに 大変な時間をとられていて
まったく 時給を考えると大赤字だ。

ただ・・・最近は 少し目がなれてきたのか
もしかしたら脳のどこかにある私の記憶と少しだけでも線がつながったのか
覚えやすくなってきたような気がする。

100枚つづりのノートに ひたすら 問題を解いていっている私。
すでに4分の3を使い終えている。
現役高校生の次男の数倍は 勉強しているはずだ。
( 時間と ノートの枚数だけね(笑) )


・・・

おかしなことに
そうやって問題を解いているときの私の頭の中には
高校のときの先生が黒板の前で問題を解いていく姿があらわれる。
しかも 速過ぎて理解できないままだ。
独特の癖のある字体が はっきりと思い浮かぶ。

その学問はイメージとしては
私のなかでは その先生と直結しているのだろうなぁと思うと
人の記憶って おかしなものなんだなぁと感じる。


何か ひとつの言葉から連想される
自分の記憶の中のワンシーンが必ず同じものだったりするのだから

ある風景だったり
本の中の文字だったり
そこに流れる音楽や
誰かの声や
香り、におい・・・  

そして その時に自分の気持ち
幸せだったり 悲しかったり 楽しかったり せつなかったり。
愛されていなかったり  愛されていたり。



・・・

朝日新聞の朝刊に連載されている
「ルポ 虐待」 を 読んでいると本当に涙が出てくる。

私も 子どもが小さな頃
自分の思い通りにならないわが子に
つい手をあげてしまったり もう嫌い って言ってしまったりしたことがある。
逃げ出したくなったり 放り出してしまったりしたことなら
心の中だけだけれど 数え切れないほどだ。

だから
「虐待したくなる人の気持ちもわかる」
だなんて 虐待のニュースが流れるたびに
自分が子どもにしたことの言い訳みたいに 言ってしまうことがあるのだけれど

ニュースになっているものとは まったく別のものだと改めて思う。

虐待されたり
放置されたりしている子どもが
学校や他のいろんな場所で出しているSOSに
気付いた大人たち(記事では学校の先生)がなんとか助けてあげたいと思って
力をつくしているのだけれど
結果としては 良かったり 良くなかったり いろいろで。


今、○○くんはどこにいるのかわからない・・・
なんていう言葉で〆られていると  胸が締め付けられる思いがして

そしてただ記事を読むだけで
現実にはなにもできない自分に 少し腹立たしくなる。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-12-14 01:29 | 日々
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