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禅的生活

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玄侑 宗久 著
禅的生活

ちくま新書
ISBN:4480061452






もう1年以上も前になるでしょうか。
あるとき新聞の下段に載っていた本の名前が気になって・・・
購入してみた

この本との出会いがわたしをこれほどラクにしてくれるとは
その時は思いもしなかったのだけれど。


その頃好きだったテレビドラマの『ピュアラブ』。
その中で禅宗の僧侶が出てくる設定だったのだけれど
ストーリー展開もまぁそれなりにだが(私はとっても好きでした! (*^^*) )
老師さまが さりげなくだけれどとても良い言葉を教えてくださるのだった。



***


『日日是好日』
これは にちにちこれこうにち と読む。

これを英語に訳すと、「Day by day, it's a good day」。
来る日も来る日もよい日であるということだけど
もちろん、そんなことはなくて・・・

このgoodは、badの反対語ではなく、絶対的なgoodなのだそうです。

雨の日も、雪の日も、嵐の日も、
それぞれが「佳い雨の日」「佳い雪の日」「佳い嵐の日」だとか そういう意味なのだということ。


つまり、1日1日を独立した日と見る、雨の日がBadなのは、晴れていた昨日と比べるからで
昨日と関係なく新しい1日に出会ったのだから
それが雨の日であろうと嵐であろうとみな新鮮で佳い日なのだということだそうだ。


あぁ~ そうなのか と。。。

何故かそのときとても納得したことを思い出す。

 
ともかくいろんなことに因果関係を考え
それはいったい誰のせいなの!?なんて問い詰めずにはいられなかったその頃。
そんなこと考えたところでどうしようもないのに
そんな渦の中でひとりぐるぐると空回りしていた私だったから

心の中にちいさいけれど 燈を灯してもらったようだった。

『禅』というだけでなにかしら敬遠しがちだけれど
触れてみるとなかなか良いものなのだと思います。


2006-04-19
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-30 08:26 | BOOK | Trackback
センセイの鞄
センセイの鞄

  川上弘美
  平凡社
  ISBN : 4582829619





■ ストーリー

およそ恋愛とは結びつかないはずの2人――
38歳のツキコさんと70代のセンセイは、近所の駅前の一杯飲み屋で居合わせて以来の仲だ。
お互い1人で酒を飲み、さかなの好みがよく似ている。

「『女のくせに手酌ですかキミは』センセイが叱る。
 『古いですねセンセイは』と口答えすると、
 『古くて結構毛だらけ』とつぶやきながらセンセイも自分の茶碗いっぱいに酒を注いだ」
憎まれ口をたたき合いながら、2人は共に過ごすようになる。

センセイはツキコさんの高校時代の国語の先生だ。
背筋をしゃきんと伸ばし、ジャケットを着、いつも同じ黒いかばんを頑固に持っている。
一方のツキコさんは独身でもてないわけではないのだが、同世代の男性に誘われてもぴんとこない。
かつては恋人とさえ「ぬきさしならぬようになってしまう」のを恐れていた。
そんなツキコさんが、しだいにセンセイを強く求めるようになっていく。



■ 感想

電車に乗る前に書店で見かけたこの本を買ってみた。
出かける時だけとびとびに読むのには さらっとしていたので適していたようだと思ったのだけれど・・・

ともかく 作者の使うところの“あわあわ”という言葉がぴったりの
よくわからない展開だった。

読み始めた頃には
え? センセイと もしかして 恋に落ちるなんて
ありえないと 思っていた。
恋ではない情愛が 恋には至らないものが描かれているのだとばかり思っていたのに
淡々と流れる話の中で いつの間にか 月子の気持ちと一緒になって
なぜだか センセイ センセイ と 考えてしまっている。

最後の数ページで センセイと結ばれ そして別れがやってくる。
ツキコさんの手元にはセンセイのいつも持ち歩いていた鞄だけが
唯一の形見として残される。



現実味のあまりない 話の展開だったにもかかわらず
最後には思わずこみあげるものがあり 涙がこぼれた。

「ツキコさん、ワタクシはいったいあと、どのくらい生きられるでしょう」
「ずっと、でなければ、ツキコさんは満足しないでしょうか」

などというセンセイの言葉があったからかもしれない。
人がいったいどのくらいまで生きられるのか
それはまったくわからないものだし
年長者から順に逝くともかぎらないけれど

残り少ない生を考えたとき
心に素直に生きたくなっても それもまた良いことなのかも。。。

年の差もなにもかも
人を好ましく思う ことには あまり関係が無いのかもしれない。
本当のところは・・・

欲しているか いないのか なのだろうか?



  遠いようなできごとだ。
  センセイと過ごした日々は、あわあわと、そして色濃く、流れた。
  センセイと再会してから、二年。
  センセイ言うところの「正式なおつきあい」を始めてからは、三年。
  それだけの時間を、共に過ごした。
  あのころから、まだ少ししかたっていないのに。
  センセイの鞄を貰った。
  センセイが書き残しておいてくれたのである。



この本を読みながら
わたしも
センセイのような人を欲しているのかもしれない って思った。

自分というものをきちんと持っている人。
叱ってくれて 頭を撫でてくれる人。
最後には鞄を残しておいてくれる人。




2006-01-31




~* ~ * ~ * ~

この本を読んだ後ドラマを偶然テレビで観た。
月子が小泉今日子 センセイが柄本明
小説のイメージのそのままのキャスティングでとても良かった。
キョンキョンの呼ぶ 「センセイ!」という声がなんともいえずに哀愁があった。
月子のあわあわとした気持ちをとてもよくあらわしていたのかなって

恋愛ともいいきれない人と人としての愛みたいなものと
年齢差があってもどうしても離れられない男と女の愛を
さわやかに感じさせてくれた。


最後に 残された鞄をあけて ワンワン泣くキョンキョンがとても愛おしくなった。


わたしは愛した人よりも先に死にたい。
残されるのはイヤだ。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-29 08:37 | BOOK | Trackback
こすもす

こんな季節にもコスモスが咲くのですね。b0106627_8513524.jpg
わたしは 初めて見たのです。

前にあなたとここを訪れたときは
なんていうのか・・・
ちょっと荒れ果てたお寺だなぁって 思ったのです。
このごろはきれいに掃除されて 整えられたお寺が多いのに
ここといったら コスモスは咲き放題で・・・

その荒れ方がまるで自分をみているみたいで
なんだかとても心が痛かった。


でも昨日ココへ来て思ったの
本当には荒れていないんだな って。
それに・・・
あまりにも整えられた花壇のようなお寺より
風情があるかな とも。


おかしなものです。
人の心なんて
ほんのすこしのことで くるくる変わる。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-24 13:14 | 手紙 | Trackback
父の日に

昨日は全国的に父の日だったようだ。
家族みんなが朝早くから出かけたあと
急に思い立って 両親を誘って菖蒲を観に出かけた。

先日フライングしてしまって 少ししか花を見ることができなかった菖蒲園
昨日は満開で(こんなふうに 言うのだろうか?)とてもキレイだった。
人の数も満開だったけれど・・・

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わたしがまだ子供の頃
休みの日には 車に乗ってどこかへ連れられていった。
たいていは近くの山の中へ
蕨を採ったり 栗を拾ったり 木の実を眺めたり
花を観たり・・・
自然の中で育った両親は ずっと自然と共に生きていた。

そういう中で育ったはずだけれどつい最近までは
もっと都会的なこと
映画を観たり ウィンドウショッピングに出かけたり
そんなことの方が好きだった。

だから
まだできたばかりのその菖蒲園に20年ほど前に連れられていった時
菖蒲にはまだ早く てっせんしかなくて

あぁ つまんない。
こんな花のどこがきれいなの!?

なんて思っていた。
早く帰りたいっていう顔をしていたと思う。

なのに今は 自分から誘って出かけてきている。
てっせんも キレイなものよねぇなんて言ってて
その不思議さに自分でも笑えた。
そんな年齢になったということなのかな。

もちろん今 わが子たちはといえば
花見もお寺も拒否。 お買い物だとついてくる。


足元がふらふらと危なっかしい両親はゆっくりと庭園の中を散策し
わたしは きれいな瞬間を求めて
カメラをもって歩き回る。
いまだに 同じ行動というわけにはいかないけれど
それでもやはり親子なのだなぁと
そんなことを感じつつ
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-19 13:58 | 想い | Trackback
■ 明日の記憶

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■ 原作 : 荻原 浩

■ 監督 : 堤幸彦

■ 出演 : 渡辺謙 、樋口可南子
         坂口憲二 、吹石一恵


■ ストーリー

広告代理店に勤める佐伯雅行は、今年50歳になる。ありふれてはいるが穏やかな幸せに満ちていた。
そんな彼を突然襲う〈若年性アルツハイマー病〉。
「どうして俺がこんな目に……なんで、俺なんだ!!」。
こぼれ落ちる記憶を必死に繋ぎ止めようとあらゆる事柄をメモに取り、闘い始める佐伯。
毎日会社で会う仕事仲間の顔が、通い慣れた取引先の場所が……思い出せない……知っているはずの街が、突然”見知らぬ風景“に変わっていく。
夫を懸命に受け止め、慈しみ、いたわる妻。彼女は共に病と闘い、来るべき時が来るまで彼の妻であり続けようと心に決める。
「お前は平気なのか?俺が俺じゃなくなってしまっても」。
一緒に積み重ねてきた人生をいつか忘れてしまうのだ。
ひりつく想いでそう訊く夫に、彼女は静かに答える。
「私がいます。私が、ずっと、そばにいます。」

そして、幾度もの夏が訪れる……。
〈記憶〉を喪失しても、なお忘れなかったものが、いつも美しい夕映えの空気に映えていた。



■ 感想 (ネタばれ ありです)

韓国映画頭の中の消しゴムで 若年性アルツハイマー病のことを知りました。

ミッチー演じる 医師の『心の死が先に訪れるということですよ』という言葉が
重く重く心に響きます。
悲しくて泣いている なんてことは 本当のその病気に面した人に対して
失礼だなぁって思ってしまうほどです。

かわいそうだとか 周りの人の気持ちは とか そういうことじゃなく・・・
なんと表現すればいいのかわからないけれど
それでも 記憶がなくなっていくその気持ちを考えると
ほんとうにこわくなってきました。

今でもよく 人やら もの お店の名前 だとか 
表現するための言葉 単語を忘れてしまって 出てこないことがよくあります。
ほら あれ あれよ あれ! なぁんて いつも言ってる気がして
わかってくれる人がいる場合はそれでいいんだけれど結局説明できないままのとき
とても情けなくなって

でもそういう気持ちの数倍も数百倍も 情けないような哀しい気持ちになっただろう
主人公の心の中を思うと・・・



原作はまだ読んではいないけれど
記憶を失ってゆくその本人の目からみた視点で書かれているとのこと。
映画では映像を通して・・・描かれていたその心の中。
文字ではどんなふうに描かれたのか
さっそく読んでみようと思っている。




・・・

先日 友人に小さな癌が発見されました。
ちょっと心配だったけれど
お薬でどんどん小さくなっているみたいで
夏に手術して取り去ってしまえるとのこと。
やれやれと安心してみたり
いつかわが身かと 急いで検診の申し込みをしたり・・・

心の死であれ
肉体の死であれ
すぐそこまで来ている年齢になりつつある自分のことを
改めて深く考え直してみました。

記憶を失ってゆくことや
肉体を失う可能性も考え
身の回りのこと そして いろんなものを
少しずつでも収束していかなくてはいけないのだろうと感じている。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-19 00:10 | MOVIE | Trackback
■ イルマーレ

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■ 2000年韓国

■ 監督 : イ・ヒョンスン

■ 出演 : イ・ジョンジェ
        チョン・ジヒョン

■ あらすじ

柔らかな陽ざしを受けて、きらめく海、その海に抱かれるようにして海辺に建つ家。
家の傍らにひっそりと停む、クラシカルな郵便受け――。
物語は、この家から街に引っ越すヒロインが、新たに引っ越してくる人にしたためた手紙を、その郵便受けに入れるところから始まる。
しかしそれは、不思議なことに、時間をさかのぼり、2年前に、その海辺の家に最初に住んでいた青年のもとへと届いてしまう――。

この奇妙な現象を最初は信じない彼らだったが、幾度か手紙を交わすうちに、時を超えて語り合っていることを納得する。
やがて、誰にも話せない心の傷を打ち明け合うことで、互いの優しさに触れ、次第に惹かれあっていく。
そして、彼らは2000年3月に済州島で逢う約束をするが。
2年の時を経て、過去と現在に生きる2人が、ほんとうに出会う時は来るのだろうか…。

“イルマーレ”とはイタリア語で“海”のこと。


■ レビュー

2年の時を経て交わされるふたりの手紙。 
最初は 誤解?をとくためだったけれど やがては心と心が交わされるようになり・・・
その近づいてゆく様子がとても心地よい。

ふたりでの2年の時差でのデート。
遊園地とワインバー。
本当に隣にいればいいのに と もう観ているほうがその気になってくる。

でもやはり 時差があるというのはせつなくて
本当に出逢えるときがくるのかしら?ってちょっと不安になったりするけれど

相手を思う気持ちっていうのは
すぐそばにいなくても
2年のときを経ていても たぶんそれが100年であったとしても?
伝えることはできるものなのかもしれないなと
少し思ったりして。


不思議な郵便受けを介して交わされる二人の手紙の
言葉のなかに いろんなことの真実があるような気がしている。

とても素敵な映画です。
何度観ても いい。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-18 23:32 | MOVIE | Trackback
■ 八月のクリスマス

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■ 1998年韓国作品

■ 監督 : ホ・ジノ

■ 出演 : ハン・ソッキュ
         シム・ウナ


■ストーリー

ソウルの街角で小さな写真館を経営する青年ジョンウォンは
たびたび店を訪れる交通取締官のタリムに心惹かれてゆく。
彼女もまた想いは同じで、ふたりはやがて相思相愛の仲へと発展していくのだが…。

自分の死期が分かっていながら淡々とあくまで淡々と
残りの人生を過ごしている男ジョンウォン(ハン・ソッキュ)と
そういった事実を全く知らない活気あふれる
無邪気な若い女性タリム(シム・ウナ)の心温まる恋愛物語。
「死」という重いテーマの中に優しい「恋」の物語を注ぎ込んだ傑作。
 

■レビュー

韓国映画と初めて出逢ったのが この映画ででした。
そして それからいくつもの韓国映画を観たけれど この映画の感動を
越えるものはいまのところありません。

徹底的に抑制の効いた表現と美しい映像
そのなかに流れる深い愛を感じました。

生きるということはこういうことなんだって。
何気ない日常の一コマ一コマを大事に過ごすこと。
そして愛する人のために・・・

  
 僕の記憶にある写真のように
 愛もいつかは思い出に変わると思っていました。
 でも、君だけは思い出ではありません。
 愛を胸に秘めたまま旅立たせてくれた君に
 ありがとう の言葉を残します・・・・。


その言葉も愛する人にはたぶん届かない。
それでもいいのだと思う気持ちのせつなさが
ひしひしと伝わってきて。

ほんとは
生きたい もっと生きたい
そして 愛したい

そう思っていたのでしょうか・・・。


そんなやるせない気持ちを押し隠しながら
淡々とした日常を過ごしてゆくジョンウォン。

心の底ではどんな気持ちだったのでしょうか
それを知りたいのです。


・・・


とてもとても好きな映画です。
この映画に出会うまでは・・・
「ショーシャンクの空に」 とか 「ライフイズビューティフル」などが好きでしたけれど・・・

そして韓国映画 それから韓国のドラマを知るきっかけになった映画でもあります。
意外と優しい響きの韓国語に魅せられて
その次に「イルマーレ」を観ることになります。

いくつもいくつもの映画を観たけれど
いまだに心の中に じんわりとある温かいものは
消えることがありません。

こんなふうに人を愛して 愛されたいなって思うのです。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-18 23:27 | MOVIE | Trackback(1)
言霊

先日あるところで 脳を活用する方法 というお話を聴く機会があった。
大脳生理学にもとづいて 云々・・・ ということであったけれど

かいつまんでいうと
脳を働かせるためには言葉に出す ということ だった。


イメージ脳である右脳は絵のカード(イメージ)によっていろんなものごとを脳にはりつけていて
それを忘れてしまうことはないらしい。
ちなみに意識脳である左脳には『忘れる』という大切な機能があるのだそうだ。

そして右脳では その絵が 現実なのか想像なのか
過去なのか未来なのか現在なのか  正しいか誤っているのか・・・
というような判断はできない。
カードの数の多いものから現実と認識する ということだそうです。


だから・・・
やりたいこと なりたいもの 実現したいことを
まず 言葉に出す。
それに関連する書物を読むとか 実現した人の体験談を読むとか
脳の中に占める割り合いが多くなればなるほど
セルフイメージとの差を埋めようとすし 脳はそれを実現しようとする。
脳には自動目標達成装置があるということでした。


・・・

というような話を聴いて なるほど と思いました。
今まで
不言実行 が 美徳なのではないかと思っていたけれど
なかなか 不言をいいことに不実行になってしまうことも多く(^^;;
真剣に思い込んでいなかったのかなぁと・・・

常に言葉に出す なんてこと 恥ずかしいかも って思ってもいました。
でも それが脳に錯覚?を起こさせて
現実だと思えるようにする効果があったなんて・・・

実際には錯覚ではなく
夢 → 目標 → 予定 と具体化していくということらしいのですが・・・





本当になにかしら思うことがあれば
言葉に出してみてください。

口グセ が 人生を変えるかも!?!?




いまのところわたしには夢と思えるものがなくて・・・
それも情けないなぁと思ったしだいです。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-14 09:15 | 日々 | Trackback
ヤマアラシのジレンマ
こんな話がある。

ある冬の日、2匹のヤマアラシは嵐にあいました。
お互いの体を寄せ合って暖をとろうとしたところ
それぞれのトゲで相手の体を刺してしまいます。
でも離れ過ぎてしまうと今度は
寒さに耐えられなくなり凍えそうです。
こうした近寄りと遠ざかりを何度か繰り返しているうちに
お互いに傷つけずにすみ
しかもほどほどに暖めあうことのできる距離を発見しました。

哲学者ショウペンハウエル(Schopenhauer)の有名な
「ヤマアラシのジレンマ」という寓話です。


・・・

人との距離って
とても難しい。
相手の棘の長さによっても違うし
こちらがどれほど近づきたいかってことによっても
ずいぶん違ってくるから。

人との距離のとりかたがわからずに
だいたい離れたところから始めて
おずおずと近づいていくほうだったから

自分が傷付くのがこわかったというよりは
相手を傷つけてしまうのがこわかったから

今もそれはあまり変わらずに
なるべく離れたところに居るようにしている

本当に必要な人とは
きっといつか近づくことができると
信じているから。

傷つけあうとしても
きっと 棘で血を流しながらも
抱き合うことが
暖めあうことができると
そう信じているから。

      2004-08-08




もう2年ほど前に書いていた言葉。
ずっとずっと わたしの心の中にあったはずの

それなのに近づきすぎた ヤマアラシとヤマアラシが
ついこのあいだお互いの棘で傷つけあった。

本当に温めあいたかったからお互い近づいたのか
相手が自分がヤマアラシだと気づかずに近づいたのか?
私のことがヤマアラシには見えなかったのか・・・?


本当に温めあいたい相手だったのかどうかも
今はもうわからない。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-12 23:18 | 想い | Trackback
記憶の湖


仕事をしながら時々ラジオを聞いている。

ラジオなんていまどき・・・って思うけど
映像が無い分
想像力が働いて それなりに楽しい。


そして今日はそのラジオから
『石川セリ』の歌が流れてきた。
井上陽水の奥さんでもある彼女の歌声はとても
ふわふわしてとても好きなのです。

彼女の歌はずっとずっと前に
とても大切な人の車で時々流れていた。
切ない気持ちを歌ってる
その歌を聴きながら
その人と過ごした時間
そのときの気持ちを思い出して

それって
今の私の想いととても似ていて
とてもとてもせつない。




昨日読んだ本
「パイロットフィッシュ」の中の言葉が頭の中を巡る。

『人は一度めぐり合った人と
 二度と別れることはできない』                       
誰かと出逢えば                 
それは記憶の中に残り
表面上はいつしか忘れ果ててしまうようだけれど
実は記憶の湖のような場所に
放り込まれてるだけ。
そして何かの拍子にのときに
また浮き上がってくることもある



だから
いつまでも僕は君とともにある。

そんなふうに主人公は言うのだけれど・・・



二度と会うことなどなくても それ以後も
その人が自分に何らかの影響を及ぼしてる
ということは確かにあるかもしれない。

だから別れることはできない
記憶の湖の中から
消し去ってしまうことはできない。


忘れてしまいたいことだってあるから
実のところ 忘れられないってことは
そのほうが悲しいのかもしれないなんて
思ったりもするけれど

それでも
私は『想い出』って好きだと言いたい。

それって 夕焼け色をしているから。



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 パイロットフィッシュ 大崎 善生


2004-09-09
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-06-08 07:55 | BOOK | Trackback
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