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思い込み

久しぶりに何も予定がない日曜日。
どこかへ出かけようかなと思っていたら 急の雲行きが怪しくなってきたので
散策はやめて 松柏美術館へ。

「夏から秋へ 誘われる世界」 ~上村松園・松篁・淳之~
ということで 親子孫3代にわたっての 日本画を観てきた。

それが・・・観ている途中で
あれ? 上村松園 って 女性だったんだ と 気が付いたのです。
絵を観てみれば 女性なんだとわかるんだけど
明治時代の画家ということと 松篁・淳之が男性ということで
なんとなく 男性をイメージしてしまっていました。

思い込みって面白いものですね。
絵を観て初めて あぁそうだったと思い出しました。

明治時代に女性が画家を志すということ
それがどんなに大変なことだったんだろうかと思い
きっと意志の強い女性なんだろうなぁと考えてみたけれど

展示された絵からは
女性の優しさとなまめかしさみたいなものを感じ
とても 綺麗なものだと思いました。


絵のことはよくわからないし
日本画もたくさん見たわけでもないので
自分の中では 日本画ってもっと こってりしたもの だと思い込んでいたのです。
あ 金屏風みたいな感じ? (^^;;

昨日観た絵はどれも
やさしくて 少し幻想的で 夢見る感じでした。
これも意外だったこと。

ほんとに何も知らないことばかりです。(笑)
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-08-27 22:14 | 日々 | Trackback
行きたいところ



いつかは行きたいと思っている場所がある。b0106627_23564813.jpg

カナダのプリンスエドワード島
赤毛のアンの故郷。




小学生の頃 アン に夢中になった。
最後にeのついている綴りのanneのこと。
今のようにいろいろな楽しいことがたくさんはない頃のことだから
いつも自分の想像の世界で遊んでいたけれど
アンの想像力のすごさには脱帽した
そしてとても魅かれた。



b0106627_23573226.jpg


その想像力が
どんなところで開花されていったのか知りたかった。








b0106627_23582100.jpg

いつかその場所を
歩いて
想像をめぐらせてみたい・・・




いまや想像力は衰えてしまったのか
夢を見ることも少なくなったけれど
それでも忘れはしない。
少女の頃に夢見たいくつかのこと。

叶ってる(?)ものもあれば 叶わなかったものもある(多し!?)




あの頃少女だった私は
今も
夢を見続けているのかもしれない。



2004-11-12

・・・


あれから2年
この夏もまだ夢は叶わない。

でも大事に大事に温めている。

まだ行けないっていうことは
まだ行ける人間になってはいないってこと。
私はいまなすべきことをきちんとこなし
行くべき時が来るのをただ静かに待つだけだ。


今日も暑かった。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-08-11 23:36 | 想い | Trackback
真帆片帆

真帆は順風の時 帆をいっぱいに張り追い風で走ること。
片帆は横風の時 帆を一方に偏らせて走ること。
そして 真帆片帆はそれらを操作しながら帆走している様子だそうです。

                ~ 『美人の日本語』より 8月10日の言葉 ~

人生も順風の時ばかりではありません。
逆風の時 や 風向きの悪いときはまともに受けず 
帆を半分にして受け流していることもひとつの知恵ですね。
と 言葉が続けられています。


・・・

よく人生は航海にたとえられますね。
あ 登山にも・・・ 旅にも・・・

ともかく いつもいつも楽なことばかりではない ということ。
つらいことも がんばらなくちゃいけないことも ゆっくり休まなくちゃいけないこともあるってこと。

だいたいいつも順風ばかりじゃないってことはわかってはいるんですよね。
大変なときの覚悟だってできてる。
ただ・・・
順風だと思っていて 帆をいっぱいに張っているのに
あれ? って いつのまにやら 風向きが変わってた 
なんてことがあって

今どんな風が自分に吹いているのかってこと
それを見極めなくちゃいけないってこと。
自分の立ち位置がどこなのかって それだけ気をつけてみてなくちゃ
それを見誤っていると大変なことになるのかなって

あ それから
自分がいったいどこに向かおうとしているのか ってことも(笑)


私は時々それが見えなくなるから・・・
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-08-11 09:13 | 日々 | Trackback
卒寿のアルバム

先日90歳を過ぎて亡くなられた方が
卒寿(90歳)の記念に作られたというアルバムを見せていただいた。

数年前のこと
ちょうど写真に興味を持ち始めていた頃だったけれど
写真を撮るのが趣味のお母様の運転手としていろんなところへ
撮影に出かけているという息子さんのお話を聞いて
わたしもその撮影スポットを教えていただいたりして
ますます 写真に興味を持ち出した。

とはいえ 何でもそうなのだけれど もちろん写真も奥が深くて
なかなか思うとおりにも撮れないし
露出だなんだっていうようなことは ちょっと苦手だし(^^;;
それでも まぁ自己満足の世界だとそれなりに楽しんでいます。

そのアルバムから感じられるもの。それは・・・


以前写真展を催されるというので見せていただいたときも
年齢をまったく感じさせない生き生きとした写真に実は驚いたのですが
アルバムとなるとまた違った意味で胸にせまるものがありました。

どういえばいいのかわからないけれど
厳選された写真からはとても強い気持ちが伝わってきました。
女医など少ない時代に 女医として活躍されていたという そのお母さまの
その人となりを 会ったことはないけれど想像できるものでした。


写真にせよ 文章にせよ
その人となりが如実にあらわれてしまうこと
それをまた改めて感じて・・・

なんだか写真をだらだらと公開できなくなって・・・
書き散らす言葉も薄っぺらなものと感じて・・・


男の顔は履歴書 だなんて言葉もあるけれど
そういえば こうやって普通に晒している顔も体も
この年齢になれば自分で責任をとらなくてはいけないものなのだったのだと気づいたり。。。

こんなふうに生まれたのは親の遺伝子のせいだ と言い訳できるのは20歳ぐらいまで?
気づくのが遅すぎたかも。
ずっと何かとか誰かのせいにしてきたような気がする。

ただ
今そのことに気づけてよかったと思ってはいる。




まだ 間に合うかもしれない。
今なら・・・!

そんなひとりごとをつぶやいている。
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Top▲ | by setsunailmare | 2006-08-02 00:11 | 想い | Trackback
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