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刹那と永遠と

もう何年前になるだろう
心に澱のように沈んでいるものを 日記のように書き始めた。

そのころの想いは
刹那と永遠と どちらが長いか? なんて疑問と
永遠のように続く平凡な毎日よりも刹那であっても輝きたい
というような想い(今考えると浅はかな考え?)であった ように覚えている。

書くことで自分を見つめ直し
そのことで 自分の抱えていた荷物を
ひとつずつおろせるような気がしていた。
これは確かにそのとおりだった。
今でも書くことで整理しているのだから

ただ・・・
荷物をおろしては また別の荷物を抱えていた ことが多かったような気がするけれど(^^;


誰かに必要とされたい とか
誰かに愛されたい とか

その瞬間 目の前にある 差し出された手 は無視して
どこか遠くばかりを 夢見ていたようだ。


いま
刹那 がなんだったのか
永遠 ってなんなのか
わかりはしないけれど あてもなく彷徨う ことはなくなった。

いまだ何にも答えはでないけれど
さまよわずに 刹那と永遠と を見つめていこうかなぁ と
思い始めている。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-03-28 09:22 | 想い | Trackback
なにもいらない
最近読んだマザーテレサの言葉のなかにこんなものがあった。


  持ち物が少なければ少ない程、多くを与えることができます。
  矛盾としか見えないことでしょう。
  でもこれが愛の論理なのです。


・・・

最近ものやら人?に対する執着みたいなものが
ずいぶんなくなってきた気がしている。
なにがあったというわけではないが
つきものがおちた ような気分なのである。

なにかしらを追いかけていたようなそういう自分に
疲れ果てているのに
それでも 失くしたくなかったり 得たかったり

それでもなぜか心は豊かになったような気がする。

・・・

「わたしって物欲主義者なの」っていう友人が
周りの人すべてに対して感じる嫌悪の情
ついこのあいだまで自分も持っていたような気がする。

人がうらやましかったり
人が憎かったり
どうして私だけ? って思ったり

すべてのものを自分の手の内にできたらきっと幸せになれるんじゃないかと
そう錯覚していた。
得られることもないし
得られたところで幸せになんてなれないのに。


そう気づき始めたら
とっても毎日少しずつだけど幸せな気分になれる気がしている。

もちろん
子供が風をひいたり、 親が入院したり
よくないことはおきているけれども
それでも それはそれで幸せなんだって 思える。


そうなにもいらなかったんだ。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-03-20 02:26 | 日々 | Trackback
いろいろの春

ここのところ悩まされている花粉の量もピークを迎え
薬を飲み忘れると大変なことになる私にとっては つらい季節です。


卒業 入学 就職 浪人
桜咲く もしくはサクラチル 春がやってくる。

今日は息子の学校の卒業式。
まだ確定しない春を待ちながら・・・卒業ということで
不安と夢と希望を抱えた先輩がたを 
シャンパンならぬシャンメリーのシャワーで送り出してきたそうだ。


そんな今日 突然息子が家から遠い大学へ志望を変えようかと思うと話し始めた。
家からは遠いけれど そちらのほうがランクとしては上だから
やはり上を目指したほうがいいんじゃないかという。

通える範囲の学校で それなりに楽しめばいいんだなんて
ついこの間まで 気楽なことを言っていた彼に
なにがあったのかはわからないけれど

目指せるのなら目指せばいい。
方法はあとから考えても・・・(^^;


夢と希望に満ちた息子の 春

将来の下宿代のために別にもうひとつ何かしら仕事を探さなくては!
不安と希望に満ちた わたしの 春

いろいろなのである。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-03-03 22:43 | 日々 | Trackback
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