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夏の終わり
この夏・・・
撮った写真は これだけだった (^^;
しかもずっと放ってあった・・・

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どういうわけか
写真を撮る 気力があまり湧いてこない
理由はなんとなく自分ではわかっている。

依存症のようになっていて
ともかく 朝起きたら ネット
写真 音楽 DVD と
PCが無いとだめだという時期を 終え
やっと 何日もPCをつけなくても平気になってきた。

もちろん 最近の携帯は便利で
携帯さえあれば
メールのチェックもできるし
たいていのことは済ませられるから ということもあるけれど。

落ち着いて文章も書けなくなって
考え事は 頭の中を通り過ぎるだけでぽろぽろと 道端におちていく。

好きな音楽を聴きながら
ぼ~っとしている そんな時間が
今はいちばん好き。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-09-26 09:13 | 日々 | Trackback
普通の日々

少女の頃 
赤毛のアン や あしながおじさん を読んで
いろんなことを夢見ていた。

にもかかわらず
おとしごろ になった私に訪れたのは
別にこれということもない 普通の日々だった。




そんな私と
「ふたつの恋と砂時計」 のジュノ が重なって
とてもとても切なかった。

あんなふうにして恋以外のことも
なんでもあきらめてきたのかもしれない。

本当なら
できたはずのことも。。。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-09-21 16:48 | 日々 | Trackback
あしながおじさん

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韓国の映画『ふたつの恋と砂時計』を観た







これはアメリカの作家ジーン・ウェブスターのあしながおじさん(Daddy-Long-Legs)
を原作としているものであるが
その名作に“韓流”らしいノリを持ちこみ、まったく別の物語にしている。


・・・

と 中学生の頃に読んだ「あしながおじさん」
結末にとても驚いて そして感動したことを覚えている。
乙女だった あの頃の私は
こんな出会いが私にも訪れればいいのに~ と
赤毛のアン の アンとギルバート の恋と並んで
憧れの恋 だった。

全編 手紙を軸に描かれているのに
どういうわけか この主人公の彼女の
生き生きとした毎日や、 少女の気持ちや
友達 そして 恋する人との楽しい日々が
手に取るように感じられる
そのこともとても新鮮だった。

アンのシリーズでも 5作目の「アンの幸福」は
アンからギルバートへの手紙が中心になっていたけれど
手紙 を通して語られる物語は
第三者として書かれるものよりも その人の心の中を細かく映していて
わたしはとても好き。

あしながおじさん
を読んでから
『親愛なる ○○さまへ』 なんて書き出しで
よく友達に手紙を書いたっけ

『あなたの忠実なるしもべの △△より』 

ほんとに忠実なる僕 や
崇拝して止まないもの になりたかったなぁ・・・(笑)

・・・

というわけで映画の話に戻るけれど

私がとても感動したのは
10年間片想いし続けた相手の記憶をなくしても
また出逢ったら 恋してしまう という事実。

「とても懐かしい想いがした」
という ジュノ の言葉がせつなかった。

韓流 独特のノリ ということで

初恋 初雪
流れ星
鳳仙花で爪を染めて初雪が降る時まで消えなければ初めての愛が実るという話
記憶

などなど・・・ よくありそうなエピソード満載ですが
それでも
純粋な恋には 感動してしまいます。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-09-21 16:42 | MOVIE | Trackback
言葉って

言葉にしないと、
伝わらないことがある。

言葉にすると、
誤解されることがある。

(作者不詳)
   いい言葉ねっと より



言ってくれなきゃ分からないよって言う人。
言わなくても分かるのが当然だと黙っている人。

あなたはどちらでしょう?


わたしはずっと 言わなくちゃわからない って思っていました。
黙っているよりも とりあえずは伝えないとだめなんだと。
言わないことで理解しあえないってことがあるのなら
だめでもと だと思って 言わなくちゃいけないって。

だから
誰に対しても
思うことがあれば伝えてきたつもり
きっとわかりあえると信じて。

でも 時に わかりあえないことがありました。
相手がこちらを信用していない時?
相手がたぶん誰をも信用していない人?
相手が 自分だけのことしか考えない人?
・・・(それだけじゃないかもしれませんが)

そういう相手だと
いくらこちらが誠意を示しても 無理なんだって
だって 最初から 耳をふさいでいるのだもの
いったところで聴こえないし 届かない。

言わないことで伝わらないのは まだ納得できるけれど
言ってしまったから こその誤解は とても悲しいものだし。

だから・・・って諦めるわけではないけれど
がむしゃらに 大声で伝えようとするのはやめにして
少し待たなくてはいけないんだと
最近は思っています。

言わなくちゃわからない っていうのは
ある意味 こちらがわの勝手な理論でもあるので
聴きたいと 思ってくれるようにまずなんとかすべきなのかなぁ とか


自分 じぶん と 自分のことばかり
聴いてほしいと思うだけではなく
相手のことを聴いて 観て
わかりあうことができれば
それはそれでいいのかも と

この年齢になってやっと 気付きはじめて
今までのがむしゃらな自分を少し反省

少しは大人になったのでしょうか。

誤解されるより
ただ 何も知らないでいてもらうほうが
すこしは楽だから かもしれませんが。
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Top▲ | by setsunailmare | 2007-09-12 23:01 | 想い | Trackback
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